数年後、革製品のタグに付いたQRコードを読み取ると、使われた革の産地・なめし方法・修理方法・リサイクル方法が表示される——EUではその方向に制度が動いています。デジタル製品パスポート(DPP)です。
日本のブランドにとっては「EUに輸出しなければ関係ない」と見えるかもしれません。その理解は現時点では概ね正しいのですが、いくつか留保が必要です。本稿では確定していることと、まだ確定していないことを分けて整理します。
DPPとは何か
DPPは、製品の素材構成・原産地・修理可能性・リサイクル方法・カーボンフットプリントといったライフサイクル情報を、QRコードやNFCタグから誰でも参照できる形で製品に紐づける仕組みです[1]。
従来の品質表示ラベルとの違いは、情報量と更新可能性です。タグの物理面積に縛られず、修理履歴や所有者移転といった販売後の情報も追記できる設計になっています。
根拠法 — ESPR(エコデザイン規則)
DPPの根拠となるのが、2024年7月18日に発効したESPR(Ecodesign for Sustainable Products Regulation/持続可能な製品のためのエコデザイン規則)です[1]。
ESPRは対象製品に「性能要件」と「情報要件」を課す枠組み法です。重要なのは、ESPR自体は具体的な義務内容を定めていないという点です。実際の要件は、製品カテゴリーごとに個別の委任法令(Delegated Act)で決まります。
繊維・アパレルは優先カテゴリーに指定済み
欧州委員会は2025年4月16日に「ESPR Working Plan 2025-2030」を公表し、優先カテゴリーとして鉄鋼・アルミニウム、繊維(特にアパレル)、家具、タイヤ、マットレス等を指定しました[2]。
繊維・アパレルが優先枠に入ったことで、この分野への適用は既定路線となっています。
スケジュール — 2027年採択見込み、義務化はその後
ここが最も誤解されやすい部分です。「2027年から義務化」という表現をよく見かけますが、正確ではありません。
つまり2027年は「ルールが決まる年」であって、「守らねばならない年」ではありません。準備期間は想定より長いと考えてよいでしょう。ただし見込みであり、確定した日付ではない点は押さえてください。
革製品は対象になるのか — 現時点では不明
正直に書きます。革製の鞄・小物が繊維委任法令の対象に含まれるかは、委任法令が採択されるまで確定しません。
参考になる先例があります。EU森林破壊防止規則(EUDR)では、当初は牛革が対象に含まれていましたが、2026年7月13日に採択された委任法令で対象から除外されました。EUの規制は、枠組みが決まった後の委任法令段階で対象範囲が大きく動きます。
したがって現時点で「革製品にDPPが義務化される」と断定するのは誤りです。「繊維・アパレルが対象で、革製品の扱いは未確定」が正確な現状認識です。
日本のブランドが今やるべきこと
過剰投資も、無準備も避けたいところです。現実的な優先順位を示します。
- EU販売の予定がないなら、今は情報収集のみでよい — 2028年以降の話であり、対象範囲も未確定です。今から専用システムを導入する合理性は乏しい。
- EU販売の予定があるなら、素材情報の記録を始める — 使用した革のタンナー名、産地、なめし方法。これは制度対応以前に、取引先からの質問に即答できる資産になります。
- 記録の形式より、記録の存在を優先する — DPPの標準規格(GS1等)はまだ流動的です。今は表計算ソフトで十分。後から形式変換はできますが、記録していない過去は復元できません。
- OEM先に素材情報を求められる体制か確認する — 工房が素材の出所を答えられなければ、ブランドは答えようがありません。発注時の確認事項に加えてください。
むしろ商機と見る視点
制度対応をコストとしてのみ捉えると見落とすものがあります。DPPが求める情報——素材の産地、作り手、修理方法——は、そのまま良質なブランドストーリーの構成要素です。
「この革は○○タンナーのもので、△△という方法でなめされ、修理はこう受けられる」。これを開示できるブランドは、制度が来る前から差別化できます。義務だから書くのではなく、語れるから書くという順序であれば、投資は無駄になりません。
アイライズ工房の対応
アイライズ工房では、使用素材のトレーサビリティ情報の整理をサポートしています。規制は流動的なため、「最新の一次情報に当たったうえで、必要な対応だけを行う」という方針で伴走します。現時点で確定していないことを確定したかのように申し上げることはしません。
出典
- EY Japan — デジタル製品パスポート:最新ワーキングプラン解説と課題ESPR発効日(2024年7月18日)、DPPの記載項目と枠組み
- European Commission — ESPR Working Plan 2025-20302025年4月16日公表。繊維(アパレル)を優先カテゴリーに指定
- Zenero — The EU ESPR Explained: Digital Product Passport by 2027繊維委任法令の採択見込みと、約18ヶ月後のコンプライアンス開始時期
- GS1 Japan — Digital Product PassportDPPの標準化動向
