前回取り上げたデジタル製品パスポート(DPP)は「何を開示するか」の話でした。本稿はその実装手段——製品にどうやって情報を紐づけるか——を扱います。中心にあるのがNFCタグです。
NFCタグとは
NFC(Near Field Communication/近距離無線通信)は、スマートフォンをかざすだけで読み取れる無線通信規格です。交通系ICカードやスマホ決済でおなじみの技術と同系統にあたります。
革製品におけるNFCタグは、数ミリ角の薄いチップを内装・ケアラベル・持ち手の内側などに縫い込む、あるいは挟み込む形で組み込まれます。外観を損なわずに固有IDを持たせられる点が、QRコード印字との違いです。
ラグジュアリー各社の動き
この分野で最も進んでいるのがラグジュアリーセクターです。
- Aura Blockchain Consortium — LVMH・Richemont・Keringが共同設立。NFCハードウェアと分散台帳を統合し、製品の来歴を記録する基盤[1]
- OTBグループ — ジル・サンダー、メゾン・マルジェラ、マルニの全製品を2024-25年秋冬コレクションからAuraに登録し、デジタル真正性証明書を提供[2]
- モンクレール・プラダ・カルティエ等 — ケアラベルにNFCタグを埋め込み、デジタルパスポート体験と購入後の顧客接点を強化[2]
競合同士が共同でコンソーシアムを組んでいる点が示唆的です。真贋証明は単独ブランドでは解けず、業界インフラとして構築する必要があるという判断が働いています。
何が実現できるのか
NFCタグの用途は「偽物対策」に留まりません。実装されている機能は次のように広がっています[3]。
- 真贋証明 — 正規品であることの確認
- 所有者と製品の紐づけ — アプリ経由で登録
- 保証期間の延長 — 所有者登録を条件とした特典
- 修理対応の円滑化 — 製造情報が特定できるため部材の照合が速い
- 所有・移転の証明 — 中古市場での来歴確認
最後の項目は見逃せません。リセール市場が拡大するなか、二次流通で価値が保たれること自体が一次販売の訴求になります。
日本での選択肢
国内にもソリューションがあります。SBIトレーサビリティの「SHIMENAWA」は、ブロックチェーンとNFCタグを組み合わせ、真贋証明・正規品管理・開封検知といった機能を提供しています[4]。
グローバルなコンソーシアムに参加する規模でなくとも、こうしたサービスを使えば技術的には実装可能です。
中小ブランドが導入すべきか — 率直な見解
ここは正直に書きます。多くの中小革製品ブランドにとって、現時点でのNFC導入は優先度が高くありません。 理由は3つです。
- 偽造されるほどの知名度がまだない — 真贋証明の価値はブランドの模倣被害と比例します。模倣されていない段階では投資対効果が見合いません。
- タグ単価より運用コストが重い — タグ自体は安価でも、読み取り後に表示するWebシステムの構築と維持が必要です。ここが本体コストになります。
- 読み取られなければ意味がない — 顧客がスマホをかざす動機を設計できないと、機能は使われず終わります。
逆に、導入が合理的になるのは次のような場合です。単価が高く(目安として数万円以上)、修理・メンテナンスを前提とし、二次流通が想定される製品。この条件が揃うと、NFCは真贋証明ではなく顧客との継続的な接点として機能します。
DPPとの関係
NFCタグは、将来的にDPPの読み取り手段の一つとして想定されています[5]。つまり今NFCに投資しておけば、制度対応が来たときに転用できる可能性があるということです。
ただし前稿でも述べたとおり、革製品がDPPの対象になるかは未確定であり、DPPの技術標準も固まっていません。「将来の制度対応のために今入れる」という理由づけは、現時点では弱いと考えます。今の顧客体験にとって価値があるなら入れる、という判断のほうが健全です。
製造側から見た実装上の注意
OEM工房の立場から、実際に組み込む際の論点を挙げます。
- 設置位置 — 金属パーツの近くは読み取り精度が落ちます。金具の配置と干渉しない設計が必要です
- 耐久性 — 折り曲げが繰り返される箇所は避ける。財布の折り目付近は不向きです
- 修理時の扱い — 内装交換を伴う修理でタグをどう引き継ぐかを、あらかじめ決めておく必要があります
- ロット管理 — 個体別IDを持つため、従来のロット単位の管理とは工程管理の考え方が変わります
アイライズ工房の対応
アイライズ工房では、NFCタグを内蔵する仕様のご相談も承ります。ただし前述のとおり、ブランドの単価帯と販売戦略によっては「今は不要」と申し上げる場合があります。導入ありきではなく、費用対効果からご一緒に判断させてください。
出典
- あたらしい経済 — ファッション業界のブロックチェーン活用Aura Blockchain ConsortiumのLVMH・Richemont・Kering共同設立
- NFCWork — 高級ハンドバッグやファッションアクセサリーのNFC認証OTBグループの導入、モンクレール・プラダ・カルティエのケアラベル実装
- 日経クロストレンド — ブロックチェーンで管理、顧客体験を拡張するNFCタグによる所有者紐づけ、保証延長、修理対応、所有移転の証明
- SBIトレーサビリティ — SHIMENAWA プレスリリース国内のブロックチェーン×NFCタグによる真贋証明サービス
- GS1 Japan — Digital Product PassportDPPのデータキャリアとしてのQR/NFCの位置づけ
