革製品ブランドを立ち上げるとき、参考にすべき先行事例は海外のラグジュアリーだけではありません。むしろ規模や前提が近い日本のブランドのほうが、学べることは多いはずです。本稿では土屋鞄製造所を取り上げます。
なお本稿は公開情報にもとづく外部からの分析であり、同社への取材にもとづくものではありません。数値は同社の公式サイトで確認できたもののみを記載しています。
基本情報
- 創業 — 1965年(2026年時点で61年目)[1]
- 社員数 — 850名(2026年3月時点)[1]
- 店舗数 — 国内外34店舗(2026年3月時点)[1]
- 職人・スタッフ — 600名[2]
- 平均年齢 — 39歳/新卒比率28%/職種40以上[1]
売上高は公開されていません。「社員850名」と「職人・スタッフ600名」は公表元が異なり、対象範囲も同一ではないと考えられるため、単純な引き算はできない点に注意してください。
核心は「一連の流れ」を自社で持つこと
同社が公式に掲げているのが、「製品開発から素材調達、製造、販売、アフターサポートまで、一連の流れを構築」しているという体制です[2]。
これは言葉以上に重い意味を持ちます。一般的な鞄ブランドは、企画は自社、製造はOEM先、販売は卸と小売、修理は外部——と工程ごとに担い手が分かれます。分業は効率的ですが、各工程の判断がブランドの意図から少しずつ離れていきます。
「永く使える丈夫さ」と「永く愛せる品格」を両立させるという同社の基本姿勢[2]は、工程を通しで握っていなければ検証しづらいものです。丈夫さは製造で決まり、品格は設計で決まり、「永く」の実証はアフターサポートで初めて確認できるからです。
3つの価値観 — Craftsmanship / Creativity / Timeless
同社は設計思想としてCraftsmanship(職人技)・Creativity(創造性)・Timeless(時代を超える)の3つを掲げています[2]。
注目したいのは3つ目です。Timelessを掲げるということは、トレンド追随を主戦場にしないという宣言でもあります。毎シーズン新作で勝負するのではなく、定番を磨き続ける。この選択は、後述する事業構造と整合しています。
創業者が「現代の名工」であることの意味
創業者の土屋國男氏は、2022年に革ランドセル製造工として厚生労働省の「現代の名工」に選出されています[2]。
ブランドの信頼性を語るとき、多くの企業は「創業○年」「職人歴○年」といった年数に頼ります。しかし年数は自己申告です。第三者による公的な表彰は、外部が検証できる裏付けとして機能します。エビデンスの質が違います。
ここから読み取れる、ブランドづくりの示唆
規模も歴史も異なる新興ブランドが、同じことをそのまま真似できるわけではありません。ただし移植できる考え方はあります。
- 「永く使える」を掲げるなら、修理体制まで設計する — アフターサポートを持たずに耐久性を訴求すると、主張を自己検証できません。修理を受ける仕組みは、品質へのフィードバック経路でもあります。
- Timelessを選ぶなら、SKUを絞る — 定番で戦う戦略は、型数を増やさないことで初めて成立します。型数が増えるほど1型あたりの改良サイクルは遅くなります。
- 検証可能な裏付けを1つ持つ — 公的表彰、認証、産地の証明など、自己申告でない根拠が1つあると訴求の強度が変わります。
- 全工程の内製は目的ではない — 重要なのは所有ではなく、各工程の判断にブランドの意図が通っているかどうかです。外部パートナーとでも、仕様と検査基準を握れていれば近い効果は得られます。
一貫体制の弱点も見ておく
公平を期すために、この構造の制約も書いておきます。工程を自社で抱えるほど固定費は重くなり、需要変動への耐性は下がります。また自社の生産能力が、そのまま事業成長の上限になります。
だからこそ多くのブランドは分業を選びます。一貫体制は「正解」ではなく、負債と引き換えに一貫性を買う選択です。自社がどちらを取るべきかは、目指す規模と商品特性によって変わります。
アイライズ工房の立ち位置
アイライズ工房はOEM工房です。つまり、ブランド側が「全工程を自社で持つ」選択をしない場合の、製造工程のパートナーにあたります。
その立場から申し上げると、分業でも一貫性は保てます。鍵になるのは、仕様書の精度と検査基準の共有です。「良い感じに」ではなく、コバの仕上げ幅、ステッチのピッチ、革の厚み公差まで文書で握れていれば、工房が変わっても品質は再現できます。企画段階からご相談いただければ、その基準づくりからご一緒します。
出典
- 土屋鞄製造所 採用サイト — 数字で知る創業年、社員数850名、国内外34店舗、平均年齢等(2026年3月時点)
- 土屋鞄製造所 — 土屋鞄のこと一連の流れの構築、3つの価値観、職人・スタッフ600名、現代の名工選出
- 土屋鞄製造所 — 会社情報企業概要
